miyaginagako

ひきこもごも 書簡録

気が向いたら書く

 書簡録

今春の出会い

春の暮れの香りがする。

市原は洛中より早く桜が散り、駅のホームにこぼれおちそうな森の新緑が美しい。

 

新年度が始まり、鴨川ではブルーシートを遠慮なく広げた大学生一派が葉桜の下を占領して新入生歓迎会を開催している。

春は落ち着きのない季節で、誰もが新しい自分を求めて右往左往しているような気がする。


サークルにも入らず放課後ひたすらに塾で働く唯一の救いは、希望に燃え上がる熱視線で上級生を焼き尽くそうとする新入生を見なくてすむことだ。

廃れた三十路には大やけどなのよ。あちち。


 
沖縄に帰郷していた兄からハブ酒が届いた。

ハブ酒は精力増強・女性なら膣刺激の効果があると手紙に書かれていたが、山奥の市原と塾の往復で黙々と膣刺激を増強し、いったい何にそなえるというのか。

Kさんが相変わらず恋をしているので、ハブ酒を譲った。

「早速飲んだよ」「見て~めっちゃ減った!」と何回も写真が送られてきて可愛い。

最近の私が見ている景色といえば、山々を静かに駆け抜ける叡山電鉄
陽の光を浴びてきらきら光る近所の猫。
競馬予想をするおしり好きの副塾長、そしてハブ酒で膣刺激してばかりいるKさん。

鈴木善幸氏みたいな顔の近所のねこ

沖縄の友人からは結婚報告が相次ぐけれど、そんな報告は私の頬を優しくなでるだけ。

修行僧のように刻苦勉励する私が、その程度で動揺すると思ったら大間違いなのだ。

新婚の兄には「青春してるか?」と言われた。
自分に酔ってらっしゃる。
やれやれでござる。

 

先日塾の事務のきれいなお姉さんには「働いて勉強ばっかりで、生活に潤いが足りていないね」と言われた。

果たしてそうだろうか。

最近私には新しい発見…というか出会いがあった。

 

最近、移動中にSpotifyビートルズを聴く。

ビートルズを最初に耳にしたのは幼稚園くらいだったと記憶している。
父の友人宅で、レコードがひたすら流されていた。

そのあともテレビやラジオでスイッチをつければ否が応でもでもビートルズ・ソングが流れるから、彼らのシングル・ヒットは一通り知っている。

でもあえて曲を探して聴こうと思ったことはなかった。

それは私にとってあくまで、テレビやラジオをつければ流れてくる「流行りもの」の音楽で、当時の私にとってはクールじゃなかったから。
ベストセラー小説を買わないのと同じように。

初めてビートルズをわざわざ探して聴いたのは元カレに熱弁されてからだ。
でもこのときは話題作りのためであって、決して熱中したわけではなかった。

 

彼と離れてずいぶん経った今、あたかも理不尽な性欲に路上で襲われるみたいに無性にビートルズの歌が聴きたくなった。

不思議にいちばん聴きたくなるのは『ホワイト・アルバム』で、市原から出町柳叡山電鉄出町柳から四条烏丸に市バスで移動する道でこればかり延々と聴いている。

 

というようなわけで、最初に耳にしたときから25年の歳月を経てやっと、ビートルズの音楽っていいなあと初めて実感したわけだ。

いいバンドだとはもちろん思っていたけれど、そんな風に目を閉じて虚心坦懐にしみじみと彼らの音楽を聴く経験は一度もなかった。

じっと聴いていると、なんだか乾いたところにどんどん水がしみこんでいくような気がした。

やっとここで私はビートルズと正当に出会えたのだと思った。


ところで、「ノルウェイの森(Norwegian Wood)」という曲をご存知だろうか。

この曲のタイトルに関して一つ興味深い説がある。

村上春樹が、ニューヨークのとあるパーティでジョージ・ハリソンのマネジメント会社に務めた女性から「本人から聴いた話」として教えてもらった内容だ(何て本に書かれていたんだったかな…『みみずくは黄昏に飛びたつ』だったと思うんだけど定かじゃない)。

 

Norwegian Woodというのは本当のタイトルではない。
最初のタイトルは“Knowing She Would”だった。

歌詞の前後から考えれば、“Isn’t it good, knowing she would?”(彼女がヤらせてくれるってわかってるのは素敵だよな)ということだ。

でもレコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないって拒否した。

そこでジョン・レノンは即席で、Knowing She Wouldを語呂合わせでNorwegian Woodにかえちゃったわけ。
そしたら何がなんだかわからない。

真偽のほどはともかく、この説はすごくヒップでかっこいい。
これが真実だとしたら、ジョン・レノンって人は最高だ。

そんなわけで、この春に私はビートルズと出会った。

これで十分潤ってないか?

かしこ

宮城拝

R様足下

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送付日:2024/04/20